• TOP
  • >
  • 佛教サミット
  • >
  • 佛教サミットについて


現代の仏教
 現代は、親が子を殺し、子が親を平然と殺す、また無差別殺人など、考えられない事件が多発し、道徳は乱れ、人心は荒廃の一途をたどっています。また、世界に目をやれば、宗教間の対立によって繰り返されるテロや戦争の惨禍の中で、数え切れない人の命が奪われています。
 二千五百年の昔に釈尊が説かれた仏教は、非暴力を根本とし、平和的な布教によって世界に弘まった宗教です。仏教は、一人一人の心の内に平和を見出すゆえに、世界を真の平和に導くことのできる教えです。
 
 しかし、その仏教も、長い歴史の中で、上座部仏教、大乗仏教、チベット密教の三大宗派に分かれ、互いに歩み寄ることなく自らの内にこもるようになりました。それぞれの宗派の、特に高僧が、自らの地位に胡座をかき、真の仏教を弘める努力を怠った結果、どの宗派にも現世利益がはびこり観光寺院と化て、人々に真の安心を与えることができなくなり、仏教は世界的に衰退の一途をたどってきました。
 
 日本仏教の祖 聖徳太子は、仏教の実践を具体化された「十七条憲法」に「人尤(はなは)だ悪しきもの鮮(すく)なし、能(よ)く教うれば従う。それ三宝に帰せずんば、何をもってか枉(まが)れるを直(ただ)さん」と定められました。「能く教う」即ち、真の仏教を説く努力を怠って、釈尊が歩まれた一切衆生済度(あらゆる人々を救うこと)の道を外れてきたのが、世界の仏教界です。

三者会談
平成10年4月5日、京都・鳥居本僧院において、歴史的な邂逅がありました。
 上座部仏教 タイ王国 法王猊下
 チベット密教 第1 4 世ダライ・ラマ法王猊下
 大乗仏教 念佛宗 御開祖 が、その宗派の垣根を乗り越え、一堂に会し、「仏教衰退の原因は高僧にあり」と三者の意見は一致し、共に手を携えて、仏教興隆に励むことが誓われたのです。
 こうして、佛教サミットは、「釈尊の原点に返れ」の旗印の下、仏教興隆を通じて、世界の平和と人類の安寧に資するべく創立されました。

第一回佛教サミットの開催
 世界の平和と人類の安寧の実現を目指し、念佛宗と共に、佛教サミットの創立に尽力されたのが、インド大菩提会のマパラガマ・ヴィプラサーラ会長猊下、タイ王国 ソムデット・プラ・ニャナサンバラ法王猊下、チベット 第14世ダライ・ラマ法王猊下です。
 そして、この理念のもと、スリランカ法王猊下、カンボジア法王猊下、モンゴル法王猊下、ラオス法王猊下、インド・ラダック法王猊下を始め、いまだかつて一堂に会したことのない世界の中心的な14の仏教国・地域の仏教最高指導者が参加を表明されました。
 とりわけ、国王陛下が帰依され、国民に「生き仏」と尊崇される タイ王国のソムデット・プラ・ニャナサンバラ法王猊下は、84歳の御高齢にもかかわらず、国内外からのあらゆる抵抗を排して、はるばる来日され、ここに、歴史的な「第一回佛教サミット」が 日本国、国立京都国際会館を会場に開催されるに至りました。タイ法王猊下の佛教サミットへの御出席は、タイ王国国内では「大きな山が動いた」と驚嘆され、世界の仏教界にも大きな衝撃を与えました。
 このように、第一回佛教サミットの開催は、世界仏教の歴史が動いた画期的な出来事でした。

仏教興隆に向け 真摯に仏道実践を励む
 そして、第一回開催から二十数年の時を経て、佛教サミットは、国際連合の賛同の下、世界の王室・政府の支援により、世界5 0ヶ国を超える仏教最高指導者が結束する、全世界五億二千万人の仏教徒に対し、大いなる責任を有する機関となりました。



佛教サミットの活動の中心となる「佛教サミット本部」は、日本の国際都市・神戸市に設けられています。
佛教サミット本部では、世界中の王室、国際機関、国家指導者、仏教最高指導者に届けられる英文冊子『佛教サミットニュース』が発行されています。
佛教サミット本部には、世界各国の要人が訪れられ、仏教興隆への活動に大きな期待を寄せられています。
 
 
 

佛教サミット本部を表敬される
初代 佛教サミット名誉顧問 カンボジア王国 ノロドム・シアヌーク前国王陛下、モニーク皇太后陛下
副首相/ 宮内庁長官 コン・サム・オール閣下
上級大臣/ 駐中国特命全権大使 ケック・シソダ閣下と共に